監獄での一夜

prison

まずは昨夜、泊まった牢屋の中での事を・・・。それにしても最悪な夜だった。建物の地下にあるダイニングルームで全くワケの分からないフランス語の映画を見ながら、パソコンを開き、この日記を書き終え、自分の部屋(牢屋)に戻ったのが12時過ぎ。
その時間には建物全体の共用部分は最低限の光を残し、消されていた。薄暗い階段を上り、自分の階へとたどり着く。部屋の前の簡素で味気ない通路には奥にあるトイレの寿命が近い蛍光灯が規則的に瞬くのと青白い月の光が差し込み混ざり合っていて、どことなく深夜の古びた病院のような印象。辺りはしんと静まり返り、それが独特の雰囲気を出している。
自分の房にはすでに人が寝ていた。シャワーを浴びるために一度部屋に戻ったのが8時前だったが、すでにそこには彼の姿があり、その時と何ら変わらない格好で熟睡していた。靴を履いたまま寝ている。年は恐らく50歳ぐらいでかなりの白が混じった髭を蓄えている。何人かまでは分からないが、とりあえず白人のオヤジだ。どうやら他のベッドには人はいないようで、今夜はそのオヤジと狭い空間の中、二人で過ごす事となった。
気を使って房の中の唯一の光源である裸電球ひとつすら付けずに身支度を済ませベッドに潜り込む。ベッドの幅は1m無いぐらい、長さは足が出てしまうほどだ。フロントで渡された白いシーツの下にはビニールのマットレス。それはとても薄く、一度そこに身を委ねれば、ぺったりとその下のこれまた薄いベニヤ板に張り付く。そして寝返りを打てば二段ベッドが壊れるのではないかと思えるほどの音が部屋に響く。
これもまたひとつの経験だと早く朝が来ることを願いながら、目を閉じる。すると2mほど離れた親父の方から奇怪な音がして来るではないか。暗闇に紛れたオヤジの様子を、房に柔らかに差し込む月の光が照らす。オヤジはバカ面をして大イビキをかいていた。それは秒毎に激しさを増していく。またそれが妙なのだ。「ゴポゴポゴポッ」と溺れるかのようなイビキで呼吸が次第に苦しくなっていくのが分かる。こっちまで苦しくなる。息が続かなくなったと思った途端、今度は「ナァッアッアッアァッー」という、安堵にも似た、あえて言うなら死から生還したような声を出す。それを10分間隔で繰り返すのだ。こうなれば寝ようとしても気になって寝られない。時計の針は刻々と時を刻んでいく。早く寝なければならないという焦りばかりが募っていく。
・ ・・そんな時だ。階段の入り口の大きな扉が開き、廊下にそれが閉まる音が房の中にまで響いたのは。廊下を歩く足音は次第に近づいてくる。すると寝ている房を少し過ぎた辺りで踵を返す音がし、そのまま房に誰かが入ってきたのが分かった。薄目を開けてみてみたが、影になり服装や顔までは見えない。時間は恐らく2時過ぎ。その直前に、はずし忘れた腕時計を見て、またさらに焦って寝ようとしていたのでよく覚えている。走ってきたのか息遣いが荒く、かなり怖い。横を向いた男が月明かりに照らされて、姿がおぼろげながら見え、それがただの旅行者だとわかると、ひとまず安心した。宿泊者にしては遅いチェックインだが、そんな人もいるだろうと気にはしなかった。むしろ、この環境に朝まで居続けなければならない人間が増えた事が何よりうれしかった。
入ってきた男は大きな荷物をおろし、靴とコートを脱ぎ捨てるなり、オヤジの上のベッドに入っていった。依然、自分の上は空のままだ。
ヴィクトリアで最初のユースに泊まった頃、ここオタワのユースの事を教えてくれた人がいた。一番印象深い最悪の部屋として笑いながら語ってくれた。彼が言うには二段ベッドの下に寝れば、すぐ上の目の前にあるベニヤ板がしなりすぎていて、それがいつ自分の上に落ちてくるのかがとても心配で、かと言って自分が上でも、同じ事が言える。いつ落ちるかも分からないベッドで安心して寝ることができるだろうか。それに自分の下にもし怖い人がいたら寝返りを打ち、軋ませるたびに寝床を思い切り蹴飛ばされるんだそうだ。
気の弱い彼は蹴飛ばされていた方で一晩中最低限の寝返りながらも、その度に蹴飛ばされるのに耐え続け、友人は上から落ちてくるのではという恐怖と戦った一夜だったそうだ。おれはそのどちらでもなかったのだが、横が最悪だった。おまけにどこの房の入り口も外の音を遮断できる普通のドアではなく、鉄格子のため、誰かがトイレに行ったり出入りする音が、オヤジのイビキのない隙に響いてくる。しかも冷たい風が吹き込んでくるためかなり寒い。コレにも参った。
そしてオヤジは時を追うごとに迷惑な成長を続けていく。しかし今度は仲間がいる。目の端にはオヤジのすぐ上で同じように寝られず、もがき苦しむ男の姿があった。男はぶつぶつと独り言のような小さな声で文句を言ってるようで、次第にそれが大きな声へと変わっていく。そしてついに自分の枕を掴み取り、下でバカ面をしているオヤジの顔をかするようにぶつけた。ついにキレたのだ。だが、男も気づかれないようにさっと隠れる。すると、オヤジのイビキが止まった。起きる気配もない。それによってかイビキの間隔が前よりかなり長くなった。丁度、眠気も最高潮に達していたので、静かなうちにと今までが嘘のように眠りの深淵へと落ちていった。
朝7時30分、目覚ましが鳴る前に目覚める。かなり眠かったが早くここを抜け出したい気持ちがそうさせた。起きて、身支度をしている時、セットしていた目覚ましが狭い房に鳴り響く。その音に上の男が目覚める。フランス語でオレに何やら話しかけた後、それを分かっていないと気づき、そそくさと荷物をまとめ出て行った。おれも荷物をまとめ足早に引き上げた。
出て行くときオヤジは、それはそれは静かに、赤ん坊のように眠っていた。もしかしたら溺死したのかもしれない。いや、むしろそう願っている。


オタワは街自体が小さいため今日は自転車を借りて観光する予定だったが、風が強い上、雨まで降ってきた。止む無くそれを断念し、マーケットとかを当てもなくぶらぶらした。まぁこの天気がオタワだったから良かったのかも。あんまり見るところもないしね。
時間を適当につぶした後、夕方4時50分発のToronto行きのVIAに乗り、9時に到着。
10日に泊まり、スーツケースを預けていたGlobal Villageにまた泊る。

▼オタワの監獄ホステル



オタワからトロント
Toronto, Ontario: Global Village 泊